マンガを描くなら神話を学ぼう – 編集者・岩井好典先生が語る、元ネタの宝庫「ギリシャ神話」
2026/5/27
目次
人間に刺さるストーリーには「元型」がある
マンガなどの「ストーリーの面白さ」って何でしょうか?
答えはさまざまですが、ひとつの定義は「読者の心に訴える」ということだと思います。悩める読者が悩める主人公に共鳴するように、夢を追う人が夢を追う主人公に自分を重ねるように、ストーリーが私たちの無意識的な想いに共鳴するとき、その心の振動のようなものが「面白さ」として感じられるのかもしれません。
人類が求めるストーリーには共通のパターンがある――と提唱したのは、精神分析学者のカール・グスタフ・ユングです。人類の心には「集合的無意識」という共通の領域があり、そのパターン=元型(アーキタイプ)が表現・伝承された物語こそが「神話」なのだと。
『進撃の巨人』や『新世紀ヱヴァンゲリヲン』などさまざまなマンガ(アニメ)に、北欧神話、ギリシャ神話、聖書などの神話が「元ネタ」として使われている。そんな話をどこかで耳にしたことがあると思います。それは「人類に刺さるストーリーパターン」の宝庫である神話を作家たちが学び、アイデアのタネにし、作品に取り入れてきたからです。
だからこそ「面白いマンガを描いてみたい」「将来マンガ家になりたい」という人には、神話を学んでみることを強くおすすめします。
以下、『テルマエ・ロマエ』などの名作マンガを手掛けてきた編集者・岩井好典先生の授業「ストーリー構成Ⅱ」を参考に解説します。
文/専門学校日本デザイナー学院広報 佐藤
参考/岩井好典先生の授業「ストーリー構成Ⅱ」
マンガネタにも使える、面白いギリシャ神話エピソード3選
難しい理屈はさておくとしても、まずはシンプルに「不思議な面白いお話」としての神話の世界を覗いてみましょう。紀元前9~8世紀頃に成立したとされる「ギリシャ神話」から、岩井先生の授業で取り上げられた3つのエピソードを紹介します。
「ナルキッソス」
「ナルシスト(自己愛人間)」という言葉の語源になった物語。美少年ナルキッソスは、復讐の女神ネメシスにより「自分を愛してしまう」呪いをかけられた。その呪いによりナルキッソスは湖の水面に映る自分の顔に恋をして見つめ続け、最後には溺れ死んでスイセンの花になってしまった。
クセの強いキャラクター造形や、魔法・呪い・ワザのアイデアなどに使えるかも?
「イカロス」
蝋(ろう)でできた翼をつくり、空を飛べるようになったイカロス(息子)とダイダロス(父)。ダイダロスはイカロスに「あまり高く飛びすぎると太陽の熱で蝋が溶けてしまう。低く飛びすぎると海水の重みで飛べなくなる」と忠告。にもかかわらずイカロスは、父親の忠告を無視して太陽に向かって高く昇りすぎた。その結果、翼が崩壊して海に墜落し、命を落としてしまった。
「欲を追いすぎると身を滅ぼす」という普遍的な教訓もありつつ、キャラが戦いに敗れるシーンなどにも使えそう?
「アフロディーテ」
木に変身した母・ミュラーから生まれた美少年・アドニス。アドニスに恋をするアフロディーテ(愛と美と性を司る女神)。アドニスはアフロディーテの忠告を聞かずにイノシシ狩りに行き命を落としてしまう。アフロディーテがアドニスの血に神々の飲み物「ネクター」(ジュースのネクターの語源)を注ぐと、血の中からアネモネの花が咲いた。アフロディーテはそれから毎年、アドニスの命日に赤い花が咲くようにした。
特に「変身」というモチーフはほとんどのバトルものにも登場するマンガ的なアイデアですね。たとえば『チェンソーマン』も人間が悪魔に変身する話ですし、「老いの悪魔」の章にも「人間が植物になる」というテーマが使われています。
神話は「最初から最後まで読もう」としなくていい
岩井先生によると、神話は一般的な物語のように1ページ目から最後まで読もうとしなくていいとのこと。最初のほうのページは人物紹介など、退屈な下準備が書かれていることが多いためです。興味のあるエピソードを個別に拾い読むのが、ギリシャ神話の気楽で効率のいい読み方。
神話をまとめ直した本を活用するのもおすすめです。たとえばギリシャ神話の場合、「変身」に関する話だけを集めた『メタモルフォーシス: ギリシア変身物語集』(講談社文芸文庫)などが出版されています。
ストーリー構造をメタ視点で学びたい人にオススメなのは、「物語論(ナラトロジー)」という学問分野。草分けであるウラジーミル・プロップの著書『昔話の形態学』は、神話や昔話のストーリーを「31の機能」で説明できると提唱。その影響で書かれた神話学者ジョーゼフ・キャンベルの著書は、かの傑作映画『スター・ウォーズ』の脚本にも影響を与えました。
「異世界転生モノ」に秘められた現代の世相
神話から少し脱線しますが、マンガのヒントになるのは神話という「過去」の物語だけではありません。現在を生きる「私たちの人生」というナマの物語や、それに触発されて描かれた他のマンガ作品・小説・映像作品などからも学べることは多くあります。
岩井先生は、たとえば最近流行りの「異世界転生モノ」には、現代人の抱える「孤独」という問題が反映されていると考察しています。
この世界では誰にも認められず鬱屈としている読者の抱える、「自分が本当の力を発揮できる異世界に転生したい」という願望が「異世界転生モノ」には表現されている。だからこそ多くの読者からの支持を獲得している――という説です。
2026年4月からアニメが始まった『スノウボールアース』や、絶望的な世界から悪魔としてよみがえる『チェンソーマン』、古くは『デビルマン』などもその系譜。『ルックバック』『タコピーの原罪』『どくだみの花咲くころ』などはファンタジーではありませんが、残酷な現実世界を超えて支えてくれる親友という「異世界」を描いている点で通じるところがあります。
特に、比較的普通の主人公と、変わり者として周囲から孤立している者との連帯を描いた『ルックバック』のような作品、そうした友情物語(「シスターフッドもの」や「ブラザーフッドもの」)が、現代マンガの潮流のひとつとなっています。
ストーリーづくりはインプットから
岩井先生によると、人間一人の脳みそや経験というものは限られているため、そこから物語をひねり出そうとしても、ごく狭い世界に閉じてしまうとのこと。だからこそ神話や、過去のすぐれた作品などの先例を学ぶことが大切なのです。既存の物語を「自分」というフィルターに通し、自分にとってより切実な話として置き換えていくことで、まだ誰も読んだことのない、そして読者の心に響くストーリーを生み出せるかもしれません。
岩井好典先生の授業では、神話のほかにもさまざまな切り口から、マンガのストーリーづくりの方法を解説しています。興味のある方はぜひ授業見学にお越しください(時期によっては授業がないこともありますので、事前にお問合せください)。
また学校の授業の雰囲気や、カリキュラム、教育環境などについて知りたい方は、ぜひオープンキャンパスにお越しください。高校生はもちろん社会人の方など、どなたもお気軽にどうぞ。
■岩井好典(いわい・よしのり)
1965年、東京生まれ。1989年、秋田書店入社。チャンピオン編集部、ヤングチャンピオン編集部に勤務。1995年、秋田書店退社。1997年、アスキー入社(後にエンターブレイン、KADOKAWA)、コミックビーム編集部に副編集長として勤務。2013年より編集長。2019年、KADOKAWAを退社し、I’s Roomを開設。日本デザイナー学院講師、横浜美術大学非常勤講師。